茨城県ひたちなか市にひっそりと佇む「多良崎城跡(たらざきじょうあと)」。
昼間は中世の息吹を感じられる貴重な史跡として歴史ファンが訪れる場所ですが、日が落ちるとその顔は一変します。
鬱蒼とした木々に覆われ、かつての激戦の記憶を留めるこの地は、県内でも知る人ぞ知る「心霊スポット」として一部で語り継がれています。
本記事では、歴史の影に隠された多良崎城跡の「もう一つの顔」…噂される心霊現象について深く掘り下げていきます。
茨城県の心霊スポット『多良崎城跡』とは






「多良崎城跡」は、茨城県ひたちなか市に存在する、鎌倉時代から南北朝時代にかけて築かれた中世の山城(丘城)の跡です。
かつて三方を「真崎浦」と呼ばれる泥沼に囲まれた半島状の台地に位置し、天然の要害として機能していました。
現在でも高さ2.5メートルに及ぶ土塁や深い空堀など、「土の城」としての遺構が極めて良好な状態で残されていて、昭和50年には市の史跡にも指定された歴史的価値の高い場所です。
南北約500メートル、面積約12.9ヘクタールという広大な城域を持ち、本郭から四の郭までが階段状に連なる構造となっています。
鎌倉時代に常陸大掾氏系の多良崎氏が居館を構えたのが始まりとされ、後に足崎氏が城主となりました。
しかし、天正18年(1590年)、豊臣秀吉の小田原征伐後に常陸国統一を目指した佐竹義宣の大軍による猛攻を受け、わずか1日で落城しそのまま廃城になったという歴史を持ちます。
現在の多良崎城跡は、華やかな天守閣や石垣こそありませんが、高さ2.5メートルに及ぶ分厚い土塁や深く刻まれた空堀など、中世特有の「土の城」の遺構が極めて良好な状態で保存されています。
昭和50年に市の史跡に指定され、城跡内は遊歩道として整備されているため30〜40分ほどで安全に散策が可能です。
豊かな自然林に囲まれ、当時の武将たちが地形をどう活かして防衛網を築いたのかを肌で感じることができる、歴史・城郭ファンにとって非常に見ごたえのある貴重なスポットとなっています。
『多良崎城跡』で起こる心霊現象

多良崎城跡を訪れた者たちの間では、主に以下のような心霊現象が報告・噂されています。
武者の霊の目撃
多良崎城跡では、深夜になると鎧兜を身に纏った武者の霊が目撃されるという噂があります。
鬱蒼と茂る木々の隙間や、かつて防衛の要であった土塁の陰から、「青白い顔がこちらをじっと見つめていた」「ボロボロの甲冑を着た落武者の影が横切った」といった目撃証言が多いようです。
特に霧が立ち込める夜には、落ち武者の霊の目撃率が上がるとされ、侵入者を警戒するかつての兵士たちが、今もなおこの地を彷徨い、見回りを続けているのではないかと言われています。
謎の音が聞こえてくる(幻聴)
多良崎城跡では、視覚的な恐怖だけでなく、聴覚を刺激する現象も起きるそうです。
多良崎城跡は街灯がなく、夜間は深い静寂に包まれるのですが、真っ暗な林の奥から、「ザクッ、ザクッ」という重い足音が近づいてくるというのです。
それはまるで、重い甲冑を着込んだ武者が歩く音のようだと語られます。
さらに、いななきと共に駆け抜ける馬の蹄の音や、地の底から響くような低い男のうめき声を聞いたという話も存在するようです。
心霊写真が撮れる
現代の肝試しや検証において欠かせないのが写真撮影ですが、多良崎城跡は「心霊写真が撮れやすい場所」としても有名なようです。
暗闇の中でフラッシュを焚いて撮影すると、空中に無数の白い光の玉(オーブ)が乱舞している様子が写り込むことがあると言われています。
また、複雑に絡み合った木々の枝葉や、凹凸の激しい土塁の影が、まるで苦悶の表情を浮かべた「人の顔」のように歪んで写ることもあるらしく、訪問者にさらなる恐怖を与える要因となっています。
ウワサされる心霊現象
- 武者の霊が目撃される。
- 謎の音が聞こえてくる。
- 心霊写真が撮れる。
『多良崎城跡』の場所
| 住所 | 〒312-0003 茨城県ひたちなか市足崎 |
| 最寄り駅 | JR常磐線「佐和駅(さわえき)」 |
| アクセス | 佐和駅の東口から城跡までは約2キロ〜2.5キロほど 佐和駅からタクシーで約10分 |
| 備考 | 園内には街灯などの照明設備が一切ないため、夜間の訪問は危険です。 |
夜間の訪問は物理的に危険です。観光であれば明るい時間帯に訪問しましょう。
『多良崎城跡』で過去に起きた事件・事故

歴史的記録:天正18年の「一日落城」
多良崎城跡にまつわる最大の悲劇は、公式な歴史記録に残る天正18年(1590年)の凄惨な落城です。
豊臣秀吉の小田原征伐に伴い、常陸国(現在の茨城県)の統一へと乗り出した佐竹義宣の圧倒的な大軍がこの城に押し寄せました。
当時の城主であった足崎氏(多良崎氏)は徹底抗戦を試みたものの、戦力差は歴然であり、激しい攻防の末に「わずか1日で落城した」と伝えられています。
逃げ場のない狭い城域内で繰り広げられた防衛戦により、数多くの城兵が命を落としたことは紛れもない歴史的事実であり、この地に染み付いた「無念の死」の記憶が、後世の心霊譚の最も強力な根拠となっています。
現代:事件事故の公式記録の不在と実態
現代の多良崎城跡における凶悪事件(殺人や死体遺棄など)について、警察や自治体が発表した明確な公的記録は確認されていません。
ここは昭和50年にひたちなか市の史跡に指定され、定期的な草刈りや管理が行われている場所であり、決して無法地帯ではありません。
しかし、夜間は街灯が一切なく完全な闇に包まれることや、中世特有の深い空堀・急斜面の土塁がそのまま残っていることから、過去には足を滑らせての転落事故が起きていたり、マムシ・スズメバチなどの野生生物との遭遇による物理的な危険に伴うトラブルは発生しやすい環境下にあると言えます。
噂・都市伝説レベル
インターネット上や地元の噂話として、「過去に林の奥で首吊り自殺があった」「深い空堀の底に死体が遺棄されていた」といった不気味な都市伝説があるようです。
これらは具体的な日時や被害者が特定されていない噂レベルの情報の域を出ません。
昼間でも薄暗い鬱蒼とした自然林、人里から隔離されたような静寂が噂を生み出す要因になっているのかもしれません。
多良崎城跡訪問時の注意点
もし検証や肝試しなどで夜間に多良崎城跡を訪問する場合、霊的な現象以上に物理的な危険への警戒とマナーの遵守が必要となります。
場内には街灯が一切なく深い闇に包まれる上、中世そのままの空堀や土塁による激しい高低差が残っているため、少し足を踏み外しただけで数メートル下に滑落し大怪我を負う危険があります。
また、イノシシやマムシ、スズメバチといった野生動物の生息域でもあるため、暗闇で夜行性の生き物を不用意に刺激してしまうリスクも伴います。
大前提として、ここはひたちなか市の指定史跡であるため、立ち入り禁止区域への侵入やゴミのポイ捨て、遺構を傷つける行為は厳禁です。
深夜の訪問による近隣住民への配慮を含め、最低限のモラルとマナーを厳守して行動することが強く求められます。
夜の心霊スポットはとても暗く危険です。
スマホのライトだけでは足元が見えづらく、転倒や事故のリスクが高まります。
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心霊スポット化の理由を考察

多良崎城跡が心霊スポットとして知られるようになった背景には、この地特有の歴史や自然環境、人間の脳が引き起こす心理的バイアスなどがあると推測されます。
心霊話の根底にある最大の要因は、「わずか1日で落城し、無数の命が散った」という凄惨な歴史的背景を訪問者が事前に認知していることで生じる「プラシーボ効果」と「確証バイアス」であると考えられます。
この強力な事前情報により、脳は無意識のうちに「ここは恐ろしい場所だ」という極度の警戒状態(過覚醒)に陥り、自らの恐怖を裏付ける怪異の証拠を無意識に探し出そうとします。
その結果、完全な暗闇の中で月明かりやスマートフォンのライトが照らし出す複雑な樹木の枝ぶりや、激しい凹凸を持つ土塁の影といった曖昧な視覚情報に対し、脳が「3つの点」を人間の顔と錯覚してしまう「シミュラクラ現象(類人猿の錯覚)」が強く引き起こされるのです。
この結果、「木陰から覗く落武者の顔」を生み出してしまう可能性は高くなります。
さらに視覚だけでなく聴覚においても、ある程度の説明が付きます。明かりが極端に少なく、視界が制限されていることで聴覚は敏感に働きます。
そして、極度の緊張状態にある脳は情報処理の誤作動を起こしやすくなります。
そこに、山中特有の木々が擦れ合う風切り音や、イノシシなどの夜行性動物が落ち葉を踏む音、野鳥の鳴き声といったありふれた自然の環境音が発生すると…。
「甲冑を鳴らす武者の足音」や「地の底からのうめき声」へと脳内で変換・誤認されてしまったのではないでしょうか。
つまり、多良崎城跡における心霊現象の多くは、悲劇的な歴史という強力な「暗示」と、自然環境がもたらす「視覚・聴覚の錯覚」が結びつくことで生み出された、極めて人間的で科学的な現象であると言えるのです。
まとめ
この記事では、茨城県ひたちなか市で心霊スポットと噂される『多良崎城跡』の情報を解説しました。
多良崎城跡は、凄惨な落城の歴史と、手つかずの自然が残す不気味な雰囲気が合致し、心霊スポットとしての条件を満たしてしまった場所と言えます。
そこで起きる現象の多くは、環境要因や心理的バイアスによって科学的に説明がつくものかもしれません。
しかし、「無念の思いを抱えて散っていった武将たちが、今もこの城を守り続けている」と想像すると、闇夜に響くかすかな音も、ただの風の音とは片付けられないような不思議な引力を持っています。
もし、現地を訪問する際は、史跡と過去の魂への敬意を忘れないようにしてください。

