群馬県には、かつて火薬工場の敷地だった場所に造られた公園があります。その公園が『群馬の森』で、休日や昼間には家族連れや子どもたちが訪れる人気のスポットです。
しかし、そんな楽しいはずの公園には“裏の顔”もあります。それは、心霊現象が多発する心霊スポットだということです。
『群馬の森』では、いったいどのような心霊現象が起きるのでしょうか。
本記事では、群馬県の心霊スポット『群馬の森』で起きると言われている心霊現象や、過去に発生した事故について紹介します。
群馬県の心霊スポット『群馬の森』とは




『群馬の森(ぐんまのもり)』は、群馬県高崎市綿貫町に位置する、約26.2ヘクタール(東京ドーム約5.6個分)の広さを持つ県立都市公園です。
公園の敷地の一部は国有地で、園内には群馬県立近代美術館や群馬県立歴史博物館などの文化施設があり、自然の中で芸術や歴史に触れられる場として親しまれています。
群馬の森は、明治百年記念事業の一環として「緑を通じた人間性の回復」と都市公園の整備促進を目的に計画され、1968年に整備が始まり、1974年に開園しました。
その後も整備が進み、現在のような広大な公園として完成したのは1980年とされているようです。
園内には、約4ヘクタールの大芝生広場をはじめ、「あそびの広場」「わんぱくの丘」「かたらいの丘」「ふるさとの道」や修景池などが整備。
ウォーキングコースやサイクリングロード(高崎伊勢崎自転車道)もあって、親子連れや散歩・ランニングを楽しむ人たちで賑わいます。年間利用者はおよそ50万人以上とされています。
自然環境としては、シラカシやクヌギ、コナラ、オニグルミ、エノキなど多様な樹木が植えられ、四季折々の景観が楽しめ、深い緑に囲まれた園路では、野鳥や昆虫の姿も見られ、「森の中を歩くような公園」として地元の憩いの場になっています。
一方で、この一帯はかつて旧日本陸軍の「岩鼻火薬製造所」が置かれていた場所です。
1882年に「東京砲兵工廠岩鼻火薬製造所」として操業を開始し、その後「陸軍造兵廠火工廠岩鼻火薬製造所」「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」と改称しながら、終戦の1945年までの約64年間にわたり黒色火薬や無煙火薬、ダイナマイトなどを製造していました。
岩鼻火薬製造所は、日本で唯一のダイナマイト工場ともいわれ、その歴史を伝える「ダイナマイト碑」が園内に残されています。
戦後、この広大な敷地は日本化薬、日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所)、そして県立公園「群馬の森」として再利用され、現在は「戦争遺跡の面影を残す森」と「家族で楽しめる都市公園」という二つの顔を併せ持つ場所となっています。
『群馬の森』で起こる心霊現象

子どもの霊・白い服の女性の霊
昼間は家族連れで賑わう群馬の森ですが、夜になると子どもの霊や白い服の女性の霊が現れるという噂があります。
深夜の芝生広場や森の小径で、子どもが走り回る足音が聞こえたのに姿が見えなかった、誰もいないはずの方向から笑い声が響いてきたといった体験談が語られています。
また、廃墟や古墳周辺では、白い服や白装束をまとった女性が静かに立っていた、ふと目を離したすきに消えていた、という話もあるようです。
公園という場所柄のイメージや、古墳・供養といった連想も重なり、さまざまな物語が生まれているのかもしれません。
兵隊・軍服姿の霊の目撃談
群馬の森でよく語られる心霊現象のひとつが、軍服姿の男性の霊の目撃談です。
夜の森や廃墟付近で、古い軍服のような服装をした人影が立っていた、こちらに背を向けて歩いていった、という噂が語られています。
また、姿は見えないのに、軍靴で地面を踏みしめるような足音だけが聞こえた、行進のようなリズムを感じたという話もあるようです。
かつて火薬工場や軍需工場があった歴史と結び付けられ、「当時の軍人の霊ではないか」とささやかれています。
廃墟に現れる多数の幽霊
群馬の森には、かつての火薬工場や関連施設の名残とされる廃墟が点在しており、その周辺は特に心霊スポットとして語られています。
廃墟の窓や扉のすき間から、複数の人影がこちらを見ていた、暗闇の中にいくつもの顔が浮かんでいた、という不気味な噂もあります。
また、何気なく撮影した写真に、人のような影や無数の光の玉(いわゆるオーブ)が写り込んでいたという話も多いです。
これらは火薬工場で亡くなった人々の霊が今も留まっているのでは、と語られていますが、真偽のほどは定かではありません。
夜間に聞こえるうめき声・声なき声
群馬の森の怪談で印象的なのが、姿の見えない「声」にまつわる噂です。
夜の森を歩いていると、どこからともなく男性のうめき声や、苦しそうな息遣いが聞こえてきたという話があります。
また、背後から名前を呼ばれたのに振り返ると誰もいなかった、耳元で何かをささやかれたように感じた、という不気味な噂も語られています。
かつてこの地で起きた事故や、自殺に関する噂と結び付けられ、「浮かばれない魂の声」と解釈されることもありますが、夜の静けさや風の音が恐怖心を増幅させているのかもしれません。
岩鼻ニ子山古墳周辺での怪異
群馬の森の近くには、岩鼻ニ子山古墳と呼ばれる古墳群があり、その周辺もまた不思議な出来事が起こる場所として噂されています。
夜の古墳付近で白装束の人影を見た、誰もいないのに視線を感じた、といった話がインターネット上でも語られているようです。
古墳という性質上、もともと「死者の眠る場所」というイメージが強く、心霊的な連想が働きやすい場所でもあります。
ここで見られる白い姿を、古墳に眠る霊なのか、火薬工場時代の犠牲者なのかと重ねて捉える人もおり、歴史の古さと戦争遺構の記憶が混ざり合うことで怪談として広まっていると考えられます。
犬が極端に嫌がるスポット
群馬の森を散歩コースにしている人たちの間では、「特定の場所で犬が極端に嫌がる」という話もささやかれています。
いつもは元気に歩く犬が、その場所に近づくと急に足を止めて動かなくなったり、尻尾を丸めて震えたり、低く唸り声をあげるといった行動を見せることがあるそうです。
その様子から、「人には見えない何かを感じているのでは」と心霊現象と結び付ける人も少なくありません。
ただし、犬は人間よりも音や匂い、地面の感触に敏感なため、環境的な要因で警戒している可能性も十分に考えられます。
ベンチに座る人影と心霊写真の噂
群馬の森の怪談の中には、ベンチにまつわる不思議な話もあるようです。
夜の園内で、遠くのベンチに誰かが座っているのが見え、近づいていくといつの間にか姿が消えていた、という話が語られています。
また、誰も座っていないベンチや何気ない風景を撮影したつもりが、写真を確認すると知らない人のような影が写り込んでいた、加工していないのに顔のようなものが浮かび上がっていた、といった「心霊写真」の噂もあります。
光の反射やブレが原因である可能性もありますが、見る人の想像力を刺激し、群馬の森の怪談をより印象的なものにしていると言えるでしょう。
ウワサされる心霊現象
- 子どもの霊・白い服の女性の霊の噂。
- 兵隊・軍服姿の霊の目撃談がある。
- 廃墟に現れる多数の幽霊の噂。
- 夜間に聞こえるうめき声・声なき声。
- 岩鼻ニ子山古墳周辺での怪異。
- 犬が極端に嫌がるスポットがある。
- ベンチに座る人影と心霊写真の噂。
『群馬の森』の場所
| 住所 | 〒370-1207群馬県高崎市綿貫町992-1 |
| 最寄り駅 | JR北藤岡駅 … 約2.0km(徒歩約26分) JR高崎駅(東口) … バスで約25~40分 JR倉賀野駅 … バスで約10分 |
| アクセス | 上記の通り |
| 備考 | 年中無休(年末年始を除く) 4~9月:7:30~18:30 0~3月:8:00~17:30 開園時間外は門が閉まり、園内・駐車場とも出入り不可 |
夜の公園に侵入する=ルール違反になるので要注意です。
『群馬の森』で過去に起きた事件・事故

岩鼻火薬製造所での度重なる爆発事故
現在の群馬の森一帯には、かつて陸軍の「岩鼻火薬製造所」があり、稼働期間中に多数の爆発事故が起きています。
これらの事故の「跡地」が現在の群馬の森を含むエリアであり、園内に残る土塁や射場跡、殉職者碑などが、当時の惨事を今に伝えています。
- 岩鼻火薬製造所は明治期から昭和20年の終戦まで操業し、その性質上、終戦までに30回以上の爆発事故が発生し、亡くなった人は「数十名」「50名弱」とされています。
- 特に昭和13年(1938年)は1年で4回の爆発事故が起き、死者24人を出したとされ、そのうち12月19日の事故では黒色火薬約4,800kgが誘爆し、死者13人・重軽傷者5人・周辺民家約560軒が被害を受けた「創業以来最大の惨事」と記録されています。
- 明治〜大正期にも、1905年の爆発で死者5名、1912年の事故で死者6名など、複数の死亡事故が地元の事故一覧に記録されています。
岩鼻火薬製造所
昭和13年(1938年) - 前年の軍需動員発令に伴い、急激な火薬増産が進められた結果、この年だけで4回の爆発事故が発生、死者24人を出した。
特に12月19日午後2時35分に発生した爆発事故は、誘爆により3ヶ所で黒色火薬計4800キログラムが爆発し、死者13人、重軽傷者5人という創業以来最大の惨事となり、民家560軒に被害が出た。
ウィキペディア(Wikipedia)岩鼻火薬製造所より引用
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E9%BC%BB%E7%81%AB%E8%96%AC%E8%A3%BD%E9%80%A0%E6%89%80
公園開園後に噂される自殺・行方不明など
公園として開園した1974年以降の「事件・事故」について、公的な大事故の報道は見当たりませんが、心霊スポット系サイトや個人ブログでは、次のような情報が語られています。
- 群馬の森の一角で「自殺が何度かあった」とされ、そのため心霊スポットとして語られるようになった、という記述が複数のサイトに見られます。
- また、「森の防空壕に入った子どもが行方不明になり、神隠しと噂された」といった子どもの失踪談も心霊記事の中で紹介されていますが、新聞記事や公的な資料など一次情報は確認できず、現状では都市伝説レベルの話と考えた方が良いでしょう。
心霊スポット化の理由を考察
群馬の森が心霊スポットと呼ばれるようになった理由には、かつてこの一帯に存在した火薬工場や軍需工場が関与していると考えられます。
この工場では、爆発事故で多くの人命が失われたとされる歴史があり、園内には今も爆風を防ぐための土塁や当時の建物・壁の一部が残されていて、訪れた人が当時の緊張感や悲劇を具体的に想像しやすい環境になっています。
さらに、「森の中で自殺が多い」「首つりがあった」といった噂話が重ねられていったことも、心霊スポット化を後押ししたと考えられるでしょう。
実際の件数や真偽は別として、「人が命を落とした場所」というイメージは強く残りやすく、そこに過去の爆発事故の記憶が結び付くことで、「霊が出るに違いない」という物語が生まれやすくなります。
また、付近には岩鼻ニ子山古墳などの古墳群が存在し、「死者の眠る場所」としてのイメージも近くにあります。
古い墓域・戦争遺構・工場跡という“重い”要素が一点に集まっていること自体が、土地全体に独特の雰囲気を与えていると言えるでしょう。
加えて、群馬の森は樹木が生い茂り、廃墟のような構造物も残るため、月明かりや街灯がつくる影・反射が、人の形や顔のように見えてしまうこともあります。
風で枝が揺れる音や遠くの車の走行音なども、夜の静けさの中ではうめき声や足音のように感じられがちです。
こうした錯覚や思い込みの体験が、「自分も不思議なものを見た・聞いた」という体験談として語られ、インターネットや口コミで拡散されていくことで、群馬の森は次第に“有名心霊スポット”として定着していったのだと考えられます。
訪問時の注意点
群馬の森は、夜間は立ち入り禁止となっています。
許可を得ずに侵入すると、犯罪になってしまう可能性があるため夜間の訪問はやめましょう。
また、昼間でも立ち入り禁止区域に入るのは危険です。
廃墟などに興味がある場合は、遠くから眺めるだけにとどめてください。
昼間の明るい時間に訪問しましょう。
夜の心霊スポットはとても暗く危険です。
スマホのライトだけでは足元が見えづらく、転倒や事故のリスクが高まります。
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まとめ
本記事では、群馬県の心霊スポットとも言われる『群馬の森』について紹介してきました。
群馬の森は、休日や昼間には親子連れで賑わう憩いの公園ですが、夜になると一転して不気味な雰囲気をまとい、さまざまな怪奇現象の噂が囁かれる場所でもあります。
かつて火薬工場の爆発事故で多くの犠牲者が出たことや、森の中で自殺があったとされる話が重なり、「幽霊が出る」「不可解な現象が起こる」といった霊的な噂が広がっていったのでしょう。
オカルト好きにとっては、非常に興味をそそられるスポットだと言えます。
とはいえ、群馬の森は夜間は立ち入り禁止となっており、無断での侵入は危険なうえ迷惑行為にもなります。訪れる際は、必ずルールやマナーを守り、安全第一で楽しんでください。
本記事が、オカルトや心霊スポットに関心のあるあなたの好奇心を、少しでもくすぐるきっかけになれば幸いです。

