
…どちらさまですかぁ?え?もう少し大きな声で…あれ?切れちゃった。
どうしたの?なにかトラブルかしら?


いえ、電話がかかってきて「カ・テをか・して・だ・い」みたいな感じのことを言ってたんですけど、声が小さくて聞き取れなくて…聞き返したら切れちゃいました…。怒らせちゃいましたかね?
それ、多分だけど「カルテを返してください」じゃないかしら。この前、館長が古びたカルテとか処方箋みたいな書類を持ち込んでいた気がするわ。


ああ、そのカルテを返却して欲しいと!どこの病院ですか?私、届けてきますよ♪
…ないのよ…。


ふぇ?何がないんですか?もしかしてカルテがなくなったんですか?じゃあ、探さないとですね。
違うわ…返却すべき病院がないの!心霊スポットなのよ!愛媛県の心霊スポット『河南病院』!良いわ、今日は愛媛県で最恐とも言われる心霊スポット「河南病院」の情報を確認していきましょう。


えええぇ~、嫌すぎるんですけどぉ💦
世の中には、特に理由が無くても恐ろし気な雰囲気を醸し出している施設が存在します。
病院もそういった施設のひとつと言えるのではないでしょうか…。
例えば、運営されている病院であっても地元民の間では、心霊話が持ち上がったり、不穏な噂が流れていることも珍しくはありません。
そんな病院が、廃業して廃墟化したとしたら⁉
本記事では、愛媛県で心霊スポットとして有名な『河南病院』を紹介していきます。
【愛媛最恐!?】河南病院とは?結核患者を隔離した廃病院の全貌

河南病院(かなんびょういん)は、愛媛県今治市宮ヶ崎に存在した病院の跡地です。
現在は建物が完全に解体されており、跡地には特別養護老人ホームが建てられています。
廃墟としての姿はすでになく、心霊スポットとして訪れることはできません。かつての病院の面影は一切残っていない状態です。
河南病院は、もともとは製糸工場だった建物をそのまま流用して、結核患者を隔離するための病院として使用されていたと言われています。
工場をそのまま利用していたため煙突が残されており、とても病院には見えないチグハグな施設だったそうです。
開院時期については諸説あり、昭和32年(1957年)頃に開院したという説もありますが、1967年の時点では既に病院として運営されていたことが確認されています。その後、2000年頃には廃墟となっていたと言われています。
廃墟としてしばらくの間放置されていたらしく、建物のなかにはメスなどの医療器具や患者のカルテ、ノートなどが散乱し、床が抜けたりしていてかなり荒れた状態だったそうです。
その後、2009年頃までに建物は解体され、現在では全く別の施設として利用されています。
現在の跡地は私有地となっているため、見物や肝試し目的での訪問は不法侵入にあたります。くれぐれも立ち入らないようにしましょう。
河南病院で報告された心霊現象・怪異TOP3

河南病院は、地元でも有名な心霊スポットだったらしく、多数の心霊現象が報告されています。
報告されている現象は、病院廃墟にありがちなものから『河南病院』特有のものまで多岐に渡ります。
幽霊が目撃される
河南病院では、廃墟として残っていた頃に幽霊の目撃談がありました。
肝試しで院内に踏み込んだところ、誰もいないのに足音が聞こえて来たり、亡くなった患者さんの幽霊が病室の前に立ち手招きをしている姿が目撃されていたと言われています。
また、2階のトイレの鏡には青白い顔をした男性の幽霊が映り込んでいたそうです。
扉がひとりでに開いたこともあるようです。
院内の物品を持ち帰ると、電話がかかって来る
河南病院は、廃墟化した後も放置され建物内には医療器具やカルテが放置されていたらしいのですが、ある時、肝試しに来た若者グループのひとりが悪ふざけをしてカルテを持ち帰ったそうです。
すると、夜になってから知らない電話番号から電話がかかってきました。
少し不安に感じながらも、その電話に出るとノイズ交じりの声で「河南病院です…カルテを返してください…。」と言われたそうです。
また、電話がかかってくるだけでなく、カルテに書かれていた病気になってしまった人もいるというウワサもあるようです。
肝試し中にメンバーの人数が増えている
河南病院は有名な心霊スポットだったため、県外からの肝試し訪問者も多数いたそうです。
ある時、大学生のグループが河南病院内で肝試しをしていると、女性メンバーの一人が地下への階段を発見!
その女性を先頭にして、階段を下りていくと地下室に辿り着きます。
地下室の扉を開いた瞬間、先頭にいた女性が病院全体に響き渡りそうな大きさの悲鳴を上げたのです⁉
その悲鳴に驚き、その場にいたメンバーは一斉に外へと走り出し、病院から逃げ出しました。
外に出て落ち着きを取り戻したメンバーは、女性を置き去りにしたことに気が付きます。
慌てて、院内に引き返すべきか悩んでいると、メンバーのひとりが「全員揃ってるけど・・・あの女、誰だ?」と声をあげました。
そう、肝試しのメンバー全員があの女性のことを知らなかったのです。
結局女性が誰だったのか?そもそも人間だったのかは不明なままのようです。
ウワサされる怪異
- 院内に残されている物品を持ち帰ると、電話がかかって来て返却を求められる。
- 肝試し中にメンバーの人数が増える。
- 訪問すると車が故障する。
- 幽霊に取り憑かれる。
- 幽霊が目撃される。『背後に立っていた、ドアの隙間から手招きしていた、足音が聞こえるetc.』

特殊なものから定番のものまで心霊現象が盛りだくさんですねぇ。
これは、噂レベルの話だけど、河南病院の近所に住んでいた人の話によると、「病院側を向いている出入り口や窓にはすべて御札が貼られていた」なんてのもあるみたい。その辺りの住人は当たり前のようにそうしていたんですって。


お札を貼ってないと、何かが入ってくる…とか?
さら?あくまでも噂よ噂。後は、解体後は新しい施設になって心霊現象の噂はなくなったそうだけど、今でも跡地周辺に近づくと気分が悪くなると感じる地元住民もいるという話もあるそうよ。

河南病院の場所・アクセス・現在の様子
| 住所 | 〒799-1537 愛媛県今治市宮ヶ崎700-1 |
| 最寄り駅 | 伊予富田駅 |
| アクセス | 伊予富田駅から徒歩でおよそ29分 |
| 備考 | 現在は取り壊されて別の施設が建っている。 |
現在は、違う施設として利用されています。肝試しなどに行かないようにしましょう。
河南病院の歴史|結核隔離施設として多くの命が失われた過去
河南病院は、過去に結核患者が隔離されていたと言われています。
当時は医療技術もそれほど発展していなかったため、結核は不治の病とされていました。
そのため、結核で隔離された患者が多数いた『河南病院』では、入院中に亡くなった人が少なくないと言われています。
また、そういった管理体制の病院であれば、結核以外の患者が入院しても同じように命を落としていたことが考えられます。

時代ものや少し古いドラマなんかだと結核で命を落としちゃう演出が良くありますけど、そんなに怖い病気だったんですか?
昔は医療が未発達だったこともあって、結核はとても死亡率の高い病気だったの…。「亡国病」と呼ばれるほど罹患者が多くて、明治後期から戦後の昭和25年(1950年)頃まで、毎年10万人以上が結核によって死亡していたらしいわ。
※興味がある人はこちらを確認してみてね。


ひぇっ!?毎年10万人も…。
有効な治療薬としてストレプトマイシンが開発されたのは1944年…それまでは有効な治療方法がなくて、公立の療養施設でもほとんどの重症者が医療者に見放されていて、隔離収容されていたと言われているの…。
※詳しい情報はこちらを参照してみてね。


医療技術の進歩に感謝しかないです。
なぜ河南病院は愛媛最恐の心霊スポットになったのか?
『河南病院』が心霊スポットになった理由で最も大きい要因は、廃病院が醸し出す独特の不気味さだと考えられます。
病院は、運営している時に見ても独特の雰囲気を纏っています。
工場をそのまま再利用し『病院には見えない外見』をしていた場合、その雰囲気はより一層不気味なものに感じることでしょう。
さらに、河南病院は結核患者を隔離していた施設だというウワサは地元でも知られていたため、『不気味な施設で命を落とした人がいる』となり、恐ろしい噂が広がっていったのではないでしょうか。
肝試しでの体験談が多数見られますが、そもそも肝試しに出掛けるような人は何らかの刺激を求めています。
そのような気持ちで見れば、シミや汚れひとつでも幽霊に見えてしまうことでしょう。
そういった人たちの話の積み重ねが、心霊スポット『河南病院』を有名にしていったのだと考えられるのです。
河南病院での実際の恐怖体験談【閲覧注意】
18年前に友達7人で、車2台に分かれて行きました。着いたとたん、1人の女の子が頭が痛い、気分が悪い、と言っていました。皆んな怖がって入って行きたがらなかったので、私とあと1人の友達で中へ入ることにしました。正面にはセコムが…ぐるっと裏へ廻り古い木造の平屋から入れそうだったので進むと…突然、壊れて地面ぐらいまで垂れ下がっていた雨どいの太い塩ビのパイプが、あり得ないほど左右に強く揺れだしました。風は全く吹いていないのに…入ってくるな‼︎と言われている様な感じでした。
全国心霊マップ 河南病院へのクチコミより引用
平屋の建物から繋がっている、二階建の病院内に入ってみると、昔使っていたであろう衣服や洗面用具、筆記用具にベッドや椅子、、たくさんの物が散らかっていました。ちなみにカルテらしき物は見つけれませんでしたが、柱など何箇所かにお札が貼られていました。病室をだいたい見終わって、さらに奥にも倉庫のような建物があるのを見つけました。建物の間に少し庭を挟んで立っていた倉庫の様な建物…石で作られている地下への階段がありました。そこから建物内へ入れそうな感じだったのですが、地下への階段は真っ暗で奥が見えません。凄く冷たい風が吸い込まれて、風の音か分かりませんがオォォと耳に残る音が…普段はあまり霊感や恐怖心などは感じない私ですが、その時だけは何か危険を感じたので引き返すことにしました。地下へ行くと2度と戻ってこられないような…そんな恐怖を感じました。
帰ろうと皆んな車へ乗り込んで、走りだしてすぐの事でした。前を走ってる友達の車に異変が起こりました。
頭が痛い、気持ちが悪い…と言っていた女の子の車でした。突然に車の後ろ側から、ものすごい煙が上がりました。全く車は動かなくなって、最後はレッカーで引っ張ってもらいました。
故障の原因は分からずじまいでした。
体調を崩した友達は、次の日にはもういつも通りで大丈夫でした。車は連れていかれたけど、ほかは何事も無く、無事で良かったです。
河南病院。今はもう取り壊されてありませんが、何かあそこにはあったんじゃないかな…と思っています。
https://ghostmap.net/spotdetail.php?spotcd=1063
まとめ|河南病院は現在どうなっている?
本記事では、愛媛県の心霊スポット『河南病院』を紹介しました。
『河南病院』は、過去に結核患者を隔離していた施設だと言われていて、院内では多くの人が命を落としているそうです。
そのため、心霊現象のウワサが絶えず、肝試し目的の訪問者が多数いたそうです。
心霊好きなひとには垂涎もののスポットですが、『河南病院』は既に建物が解体されてしまい、跡地は全く別の施設として利用されています。
肝試しや見物は出来ないため、用事もないのに建物周辺に近づくのはやめましょう。

新しい施設になってからは、心霊現象は起きていないそうです。
心霊スポットではなくなっているので、夜間に訪問などしないようにしてくださいね。

