街中がイルミネーションの光に包まれ、ジングルベルの音が響き渡る12月。
誰もが浮き足立つこの季節、私たちは「良い子にしていればサンタクロースが来てくれる」という光の側面ばかりを見ています。
しかし、光が強ければ強いほど、その足元に落ちる「影」もまた、濃く深くなることを忘れてはいけません。
ヨーロッパ、特にフランスのアルザス地方には、サンタクロース(聖ニコラウス)の背後にピタリと張り付く、ある恐ろしい「影」の伝説が語り継がれています。
その名は「ハンス・トラップ」。彼はプレゼントを配るような優しい老人ではありません。
藁(わら)にまみれたカカシのような姿で、欲望のままに子供を狙う捕食者です。
もしあなたが、今年の行いを振り返って少しでも後ろめたいことがあるのなら、クリスマスの夜は窓の外に注意してください。風に揺れる木々の影に、ボロボロの服を着た「彼」が立っているかもしれません。
今回は、知られざるクリスマスの怪人、ハンス・トラップの戦慄の伝説に迫ります。
森のカカシ男「ハンス・トラップ」とは?
ハンス・トラップ(Hans Trapp)は、主にフランスのアルザス地方やドイツとの国境付近で語られる、クリスマスの「ダークサイド」を象徴する存在です。
彼は聖ニコラウス(サンタクロースのモデル)に同行する従者の一人とされています。
しかし、その役割は補佐などという生易しいものではありません。聖ニコラウスが良い子に褒美を与える「光」の存在なら、ハンス・トラップは悪い子に罰を与える「闇」の執行者です。
ハンス・トラップの外見はかなり異様です。かつては裕福な騎士であったとも言われますが、現在の姿は粗末なボロ布をまとい、体中に藁(わら)を詰め込んだ「生きたカカシ」のような風貌をしています。
手には子供を叩くための鎖や鞭を持ち、時には子供を連れ去るための大きな袋を背負っているそうです。
彼が現れるのはクリスマスの時期。良い子には目もくれず、親の言うことを聞かない子供や、信仰心の薄い子供を執拗に探し回ります。
そして見つけたが最後、説教をするのではなく、物理的な暴力、あるいは「捕食」という最悪の結末をもたらすと恐れられているのです。
ハンス・トラップはお仕置き係ではなく、明確な悪意を持ったモンスターとして描かれています。
森のカカシ男「ハンス・トラップ」誕生の経緯

ハンス・トラップの伝説がこれほどまでに恐ろしいリアリティを持っているのは、実在した暴君がモデルになっているからだと言われています。
その人物の名は、15世紀の騎士「ハンス・フォン・トロータ(Hans von Trotha)」。彼はプファルツ選帝侯に仕える騎士であり、ベルヴァルトシュタイン城の城主でした。
史実における彼は、修道院との土地争いから川をせき止めて干ばつを起こし、抗議を受けると今度は堤防を決壊させて大洪水を起こすなど、極悪非道な行いを繰り返したと言われています。
これにより彼はローマ教皇から破門(教会からの追放)を宣告されます。当時の社会で教会から追放されるということは、人間としての尊厳をすべて剥奪されるに等しい絶望的な状況でした。
伝説では、破門され社会から追放された彼は発狂し、深い森の奥へと逃げ込んだとされています。そこで彼は悪魔と契約を交わし、黒魔術に傾倒していきました。
人間への憎悪を募らせた彼は、もはや騎士としての誇りも人間性も捨て去り、森を通る旅人を襲っては金品を奪い、ついには人の肉を喰らう怪物へと成り下がってしまったのです。
この没落した騎士のなれの果てこそが、ハンス・トラップの起源なのです。
森のカカシ男「ハンス・トラップ」の目撃例と伝説
ハンス・トラップに関する最も有名な「目撃談」であり、彼の存在を伝説に仕立て上げたエピソードは、ある少年の悲劇的な遭遇譚です。
森の奥深くでカカシに変装して獲物を待ち伏せしていたハンス・トラップは、ある日、通りかかった10歳の少年を捕らえました。
彼は少年を殺害し、その肉を食べるために死体を切り刻み、大鍋で煮込み始めたのです。グツグツと煮える鍋を前に、彼がまさにその肉を口に運ぼうとしたその瞬間…。天から神の怒りの雷が彼を直撃しました。
彼はその場で絶命しましたが、その魂は地獄へ落ちることを許されず、クリスマスの時期になると現世を彷徨う亡霊となってしまったのです。
現代のアルザス地方では、クリスマスのパレードなどでハンス・トラップに扮した人物が練り歩く姿が「目撃」されます。
しかし、祭りの余興と侮ってはいけません。ボロ布を被り、顔を隠して無言で近づいてくるその姿を見た子供たちは、本能的な恐怖で泣き叫びます。
「祭りの夜、人混みの中に紛れた本物のハンス・トラップが、誰にも気づかれずに子供を袋に詰めて連れ去った」…そんな現代版の都市伝説も、現地ではまことしやかに囁かれているのです。
森のカカシ男「ハンス・トラップ」が恐怖される理由

世界中に「悪い子を懲らしめる」キャラクターは存在しますが、ハンス・トラップが別格に恐れられている理由は、その「狂気的な執着」と「カカシの姿」にあるといえます。
第一に、彼は単なる怪物ではなく「元人間」でありながら、人間を食べるというタブーを犯した存在です。
「悪いことをしたから叩く」という教育的な罰をはるかに超越した、「お前を食べる」という生存本能を脅かす捕食者としての側面が強すぎます。子供にとって、これ以上の恐怖はありません。
第二に、「カカシに変装している」という点が心理的な恐怖を煽ります。
田畑や森の入り口にある、ただの動かないカカシだと思っていたものが、近づいた瞬間に動き出し、襲いかかってくる…。この「日常に潜む罠」の要素が、子供たちから安心感を奪ってしまいます。
外で遊んでいる時、ふと視界に入ったカカシが実はハンス・トラップかもしれない…そんな疑心暗鬼を植え付けるのです。
また、サンタクロース(聖ニコラウス)が彼を連れている理由も謎めいています。
一説には「聖ニコラウスが彼を支配し、無理やり従わせている」とされますが、あの狂人を鎖で繋いで連れ歩く聖人の姿もまた、ある種の不気味さを漂わせており、クリスマスの神聖さと狂気が紙一重であることを感じさせるのです。
ハンス・トラップの正体と伝承の考察
ハンス・トラップの正体を深く考察すると、そこには中世ヨーロッパの社会背景と、人々の「権力への恐怖」が見え隠れします。
モデルとなったハンス・フォン・トロータは、実在した強力な武力を持つ権力者でした。教会(神)にさえ背き、民衆を苦しめた彼の姿は、当時の人々にとって「抗えない悪」そのものでした。
彼が死後、伝説の中で「カカシ」という姿に変えられたのは非常に皮肉です。
カカシは本来、作物を守るための存在ですが、中身は空っぽで藁が詰まっているだけ。
これは、「神の愛を失い、人間性を失った権力者は、中身のない藁人形に過ぎない」という民衆からの痛烈な批判や風刺が込められていると考えられます。
また、ハンス・トラップを「森の野人」や「子供を喰らう鬼」として語り継ぐことで、親たちは子供に対し「権威やルール(教会や親の教え)に背くと、あのような惨めな怪物になってしまう」「森(社会の外側)には危険がいっぱいだ」という教訓を刷り込んできました。
つまりハンス・トラップは、歴史上の暴君の記憶と、子供への躾(しつけ)のための恐怖装置が融合して生まれた、「教育的ホラーアイコン」の完成形だったのでしょう。
ハンス・トラップに遭遇した場合の対処法
では、もしもクリスマスの夜、あるいは冬の夕暮れ時に、不自然な場所に立つ「カカシ」を見かけてしまったら、どうすれば良いのでしょうか?
伝承や類似の都市伝説から導き出される回避ルールは以下の通りです。
しかし、最も確実な対処法はただ一つ。「一年を通して清く正しく生き、ハンス・トラップに狙われるような隙を作らないこと」です。
まとめ
今回の記事では、フランスのアルザス地方に伝わる怪人「ハンス・トラップ」の伝承を紹介しました。
きらびやかなクリスマスの伝承の裏側に潜む、ハンス・トラップという暗い影。 実在した暴君が、破門と狂気を経て人喰いカカシへと変貌したこの物語は、単に恐ろしいだけではなく、歴史の暗部を映すような独特の重みを持っています。
それは「人間性を失うことへの恐怖」と「過去の罪は決して消えない」という教訓を、何世紀にもわたって伝え続けているのです。
今年のクリスマス、もしプレゼントの中にあなたの欲しかったものではなく、石炭や木の枝が入っていたとしたら…。
それはまだ幸運かもしれません。窓の外を見てください。そこには、虚ろな目をしたカカシが、大きな袋を広げてあなたを待っているかもしれないのですから。
それではみなさん、良いクリスマスを。そして、くれぐれも「良い子」でいてください。
…あの…、どうしてクリスマスの時期にこんな怖い話ばかりするんですか?
さあ?どうしてでしょうね?
もしかしてクリスマスプレゼントをケチろうとしてます?
あッ!窓の外に大きなカカシがっ!

