「良い子にしていれば、サンタさんが来てくれる」 私たちは子供の頃、そう教わって育ちました。
しかし、世界は広いものでなかには「良い子にしていないと、腹を裂かれる」という、救いようのない伝説が存在します。
真冬のアルプス地方に伝わるその魔女は、静まり返った夜に音もなく家々を訪ねて回るのだそうです。その目的は、家の主がちゃんと働いているか、決まりを守っているかを確認すること…。
もし、ルールを破った人間を見つけると、彼女は寝ているその人の腹を切り裂き、中身をくり抜いて、代わりに石やゴミを詰め込んで縫い合わせるといいます。
その名は「ペルヒタ」。 なぜ彼女はこれほどまでに残酷なのか? そして、その正体とは一体何者なのか? 聖なる夜の闇に潜む、戦慄の伝説を紐解いていきましょう。
ペルヒタ(Frau Perchta)とは?

ペルヒタ(Frau Perchta)は、主にオーストリアのチロル地方、ザルツブルク地方、そしてドイツ南部のバイエルン地方といったアルプス山脈周辺に古くから伝わる伝説の存在です。
彼女の名前は、古高ドイツ語で「輝く者(Peraht)」に由来しており、キリスト教が伝来する以前は、光や豊穣、そして運命を司る高貴な女神であったと考えられています。
しかし、時代が移り変わりキリスト教が浸透するにつれ、彼女は「異教の神」として排斥され、その聖なる側面は剥ぎ取られていきました。
その結果、現在語り継がれているペルヒタは、クリスマスの聖なる夜の裏側で蠢く、恐ろしい「冬の魔女」や「妖怪」としての性質を色濃く持っています。
彼女が活動するのは、12月25日のクリスマスから、1月6日の公現祭(エピファニー)までの12日間、いわゆる「十二夜(Rauhnächte)」と呼ばれる期間です。
この期間は、ヨーロッパの民間伝承において「現世と異界の境界が最も曖昧になる時期」とされ、ペルヒタのような人外の者たちが闊歩するのに最も適した時間とされています。
彼女は地域によって「ベルヒタ(Berchta)」とも呼ばれ、時には雪のように白い衣をまとった美しい女性として、時にはしわくちゃの老婆として描かれる、極端な二面性を持つ謎多き存在です。
ペルヒタの伝説

ペルヒタの伝説の核となるのは、彼女が担う「厳格すぎる監視者」としての役割です。
ペルヒタは、ただ単に子供を脅すだけの存在ではなく、当時の農村社会における労働倫理と規律を強制する絶対的な権力者でした。
彼女が担っていた役割には次のようなものがあると言われています。
【労働の監視】
ペルヒタは特に「紡績(糸紡ぎ)」の作業に目を光らせていました。
当時の女性たちは、クリスマスの時期までにその年の羊毛や亜麻をすべて紡ぎ終えていなければならなかったそうです。
ペルヒタはこのノルマが達成されているかを厳しくチェックする役目を担っていたのです。
もし、紡ぎ残した羊毛があったり、糸が絡まっていたりすると、彼女は激怒して紡ぎ車を破壊したり、怠け者の指を傷つけたりすると伝えられていました。
【清潔さと規律】
家の中が掃き清められているか、召使いたちが勤勉に働いているかもペルヒタの監視対象です。
彼女は「秩序」を好むため、乱雑な家や怠惰な人間を許しません。
家の中が汚れていたり、掃除を怠けている者がいれば、容赦なく制裁を加えたのだそうです。
【食事のタブーと制裁】
そして、最も恐ろしいのが食事に関する掟です。
ペルヒタの祝日とされる公現祭の前夜(1月5日の夜)には、決して肉などの贅沢な食事を摂ってはならず、「魚とオートミール(または粥)」という質素な伝統食だけで過ごさなければならないという不文律があります。
もし、この禁忌を破って満腹になるまで御馳走を食べた者がいた場合、ペルヒタはその夜のうちに制裁を加えにやってきます。
その制裁の方法は、「掟を破って詰め込んだ食べ物」を物理的に取り除くという、極めて合理的かつ残虐なものなのだとか…。
・・物理的って、吐き出させるとか?
残念だけど…「腹を裂いて直接取り出す」のだそうよ?
優しさが足りない…💧
ペルヒタの目撃パターン

ペルヒタの現れ方は、静寂と狂乱という対照的な2つのパターンで語られているようです。
静寂の訪問者(単独侵入型)
真夜中、雪が降り積もる静かな夜に、ペルヒタ一人で家の中に現れます。
鍵がかかっていても関係ありません。音もなく寝室に忍び込み、眠っているターゲットの枕元に立ちます。
彼女はまず、その人間が「勤勉であったか」「掟を守ったか」を確認し、もし不合格であれば、眠っているその人の布団をめくり、持参した巨大なハサミやナイフを取り出し、誰にも気づかれないように静かに制裁を実行します。
翌朝、家族が発見するのは、冷たくなった遺体か、腹に異物を詰め込まれ苦悶する家族の姿なのだそうです。
狂乱の行進(ワイルドハント型)
風の強い冬の夜、ペルヒタは「ペルヒテン」と呼ばれる異形の眷属たちを引き連れて空を駆け巡ります。
これは北欧神話の「ワイルドハント(百鬼夜行)」と同一視される現象です。
彼女の列に加わるのは、角の生えた獣人、恐ろしい仮面をつけた悪魔、そして「洗礼を受けずに死んだ子供たちの亡霊」だと言われています。
この行列は嵐のような轟音とともに村や森を通過し、遭遇した不運な人間に狂気をもたらしたり、魂を連れ去ったりすると言われています。
風の音が人の叫び声のように聞こえる夜は、ペルヒタの行進が近くを通っている合図かもしれません。
ペルヒタの有力な正体
なぜ「輝く者」という美しい名を持つ彼女が、これほどまでに恐ろしい怪物に変貌したのか。民俗学的な視点からいくつかの有力な説が唱えられています。
北欧神話の女神「フリッグ」または「フレイヤ」の零落した姿
最も有力な説です。フリッグは家庭と結婚の守護神であり、雲を紡ぐ(=糸紡ぎ)女神でもあります。
キリスト教化の過程で、人々が信仰していた土着の女神は「悪魔」や「魔女」として再定義されました。
かつて人々に恩恵を与えていた女神の力が、反転して人々に害をなす呪いの力として解釈された結果、現在のペルヒタ像が形成されたと考えられています。
冬の厳しさの擬人化(自然崇拝)
アルプスの冬は人間が生きていくには、あまりにも過酷で、寒さは容赦なく命を奪い、長く続く寒さに食料は尽きかけます。
ペルヒタの持つ「冷酷さ」や「鉄の鼻(凍傷や冷気を象徴)」は、自然界の無慈悲そのものを擬人化したものだという説です。
これは、彼女が命を奪うのは悪意からではなく、冬という季節が持つ本来の性質(死と再生)を体現しているに過ぎないという解釈です。
ペルヒタが恐怖される理由

数あるクリスマスの怪物の中で、ペルヒタが特に恐れられる理由は、その「身体損壊の具体性」と「異物混入の恐怖」にあります。
彼女の制裁は、単に命を奪うだけではありません。
彼女は眠っている罪人の腹を鋭利な刃物で切り裂き、胃や腸などの内臓をすべて掻き出します。そして空っぽになった腹腔内に、道端の石、ワラ、ゴミといった無機物を詰め込みます。
さらに、 仕上げとして、太い麻糸と靴職人が使うような巨大な針で、皮膚を雑に縫い合わせてしまうのです。
これは、人間を「生き物」として扱わず、まるで「破れた袋」や「人形」のように扱う行為であり、尊厳の徹底的な破壊を意味します。
また、一部の伝承では、彼女の足の片方は「ガチョウや白鳥の足」であるとされています。
これは糸紡ぎのペダルを踏みすぎたために変形したとも言われますが、ふと足元を見た時に人間ではない異形の足がついているという視覚的な恐怖も、彼女の不気味さを増幅させる要因になっているのではないでしょうか。
ペルヒタという存在への考察
ペルヒタの伝説を深く読み解くと、そこには当時の社会が抱えていた不安と、共同体を維持するための知恵が見え隠れします。
冬のアルプス地方という過酷な環境において、食料や衣服(羊毛)の確保は一族の存亡にかかわる生命線でした。
一人の怠惰が全員の死に直結しかねない状況下では、「ペルヒタが腹を裂きに来る」というトラウマ級の恐怖によって勤勉さと節制を強制する必要があったのでしょう。
この内臓(生命)を石(死・無機物)へと入れ替える行為は、冬による生命力の奪取や人間性の喪失を象徴するメタファーだと考えられます。
ペルヒタは、日本のナマハゲと共通する教訓を持ちながらも、物理的な身体改造を伴う点において、より西洋的な肉体への執着と根源的な恐怖が色濃く反映されていると言えるでしょう。
管理人も子どもの頃に、祖父母の家に行くと「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」や「暗闇で口笛を吹くと恐ろしいヘビがやって来る」といったことを言われたことがあります。
このような古くから伝わる教訓のような言葉や、ペルヒタ、なまはげといった怪異は、その地域で少しでも穏やかに生きていくために必要な存在だったのではないでしょうか。
ペルヒタについての考察
- 厳しい環境下で強く生きていくための恐怖による支配
- 生死観を意識させるための内臓置換のメタファー
現代に生きるペルヒタ「ペルヒテン・ラウフ」

これほど恐ろしい伝説ですが、現代のオーストリアやドイツでは、ペルヒタは形を変えて愛され続けています。
毎年12月から1月にかけて、「ペルヒテン・ラウフ(Perchtenlauf)」と呼ばれるパレードが開催されるのです。
地元の若者たちが、木彫りの恐ろしい悪魔の仮面と、重厚な毛皮の衣装を身にまとい、大きなカウベルを腰にぶら下げて街を練り歩き、彼らが鳴らす鐘の音と鞭の音は、冬の悪霊を追い払い、春の豊穣を呼び込むための「厄除け」の意味を持っています。
かつては「腹を裂く魔女」として恐れられた存在が、今では観光客を楽しませ、地域の伝統を守るシンボルとして機能しているのです。
しかし、その仮面の奥にある目は、今でも群衆の中から「怠け者」を探しているのかもしれません。
まとめ
この記事では、アルプス地方に伝わる魔女「ペルヒタ」の伝説を紹介しました。
きらびやかなイルミネーションとプレゼント交換に彩られた現代のクリスマス。しかし、その起源を辿れば、ペルヒタのような血塗られた伝説が静かに息づいています。
ペルヒタは、冬の闇そのものであり、私たちが忘れかけている「畏怖」の象徴です。
もし、あなたがこの年末年始、やるべき仕事を放り出して暴飲暴食を繰り返しているとしたら…。ふと夜中に目覚めた時、お腹にずっしりとした「石」のような重みを感じるかもしれません。
サンタクロースが来るか、ペルヒタが来るか。それは、あなたの日頃の行い次第なのです。
さあ、あなたにはどちらがやって来るのかしらね?
いやだなぁ、サンタさんに決まってますよ!
…
え?なんで黙るんですか?…え?サンタさん、ですよね?ねぇ💦
