
ん~、資料には確かに記載されてるけど…本当にこんなこと…ある?
どうしたの?さっきからずっと唸っているみたいだけど…。


あっ、先輩!三重県のトンネルについて調べてるんですけど、負傷者の数字が…おかしい?死者25名、負傷者288名なんてありえます?
……三重県の『旧総谷(そうだに)トンネル』…ね。


そうです!負傷者と死者の数が多すぎて…。資料の不備なのかなって…。
いいえ、資料に間違いはないわ。旧総谷トンネルでは、過去に「近鉄大阪線列車衝突事故」という日本の鉄道史に残る大事故が起きたの…。


そうだったんですね…。先輩!ぜひ「旧総谷トンネル」について教えてください!あと、一緒に資料をまとめてください!
しれっと私に仕事をふらないで頂戴…。まぁいいわ、今日は一緒に三重県の廃トンネル「旧総谷トンネル」について見ていきましょう。

三重県津市の深い山中にひっそりと口を開ける廃トンネル「旧総谷(そうだに)トンネル」。
かつて近畿日本鉄道(近鉄)大阪線の難所として知られたこの場所は、現在、三重県内でも最恐クラスの心霊スポットとして多くの怪談や都市伝説が語り継がれています。
深い木々に覆われ、昼間でも薄暗いこの廃線跡には、一体どのような怨念が渦巻いているのでしょうか。
実は、この旧総谷トンネルが心霊スポットとして恐れられる背景には、日本の鉄道史に残るあまりにも凄惨な大事故の記憶が隠されています。
本記事では、旧総谷トンネルで囁かれる不気味な心霊現象の数々と、忌まわしい過去の真実について紐解いていきます。
三重県の心霊スポット『旧総谷トンネル』とは?





「旧総谷(そうだに)トンネル」は、三重県津市白山町の山間部に位置する単線の廃トンネルです。
かつては近鉄大阪線の東青山駅と榊原温泉口駅(旧・垣内東信号所)を結ぶ重要な交通網の一部でしたが、1975年の新線(新青山トンネル)開通に伴い、その役目を終えて廃止されました。
旧総谷トンネルが位置していたエリアは、33‰(パーミル)という非常に厳しい急勾配が続く地形で、鉄道運行において国内屈指の難所とされていました。
そして、このトンネルを歴史に刻むことになった事故が発生します。1971年に起きた「近鉄大阪線列車衝突事故」です。
急勾配でのトラブルによりブレーキが効かなくなった特急列車が猛スピードで暴走し、トンネル入り口付近でカーブを曲がりきれずに脱線…。
そこへ対向列車が正面衝突し、死者25名、負傷者288名の大惨事となりました。
この事故を機に複線化の安全対策が急がれ、1975年に新線(新青山トンネル)が開通したことで、旧総谷トンネルは廃線となりました。
現在、トンネルの入り口(坑門)はコンクリート造りの簡素な姿を留めており、内部への立ち入りを防ぐために厳重な金網で封鎖されています。
周囲には旧東青山駅のプラットホーム跡や当時の水路の遺構などが手つかずのまま残されており、深い森の浸食によって徐々に自然へと還りつつあります。
『旧総谷トンネル』で起きるとされる心霊現象

事故の被害者なのか?トンネルの入り口に佇む幽霊の謎
旧総谷トンネルでは、トンネルの入り口付近で幽霊が目撃されるという噂があるようです。
目撃される幽霊の性別は一定ではなく、女性のこともあれば男性のこともあると伝えられています。
かつて、旧総谷トンネルが廃線になる前、電車が通っていた頃には、男性の幽霊が電車に乗り込む姿が目撃されたほか、窓際に佇む女性の幽霊を見たという話も残っています。
トンネルの周囲に響く女性の声と悲鳴!?
旧総谷トンネルの入り口付近や、周辺の廃線跡を散策していると、どこからともなく女性の泣き声や、悲痛な叫び声が聞こえてくるという噂が囁かれています。
風の音や動物の鳴き声とは明らかに異なる、人間の声に近い音が周囲に響くとされており、深夜に聞こえることが多いようです。
すすり泣くような声からはっきりとした悲鳴まで様々で、複数人で訪れた全員が同時に聞いたという報告もあります。
闇に浮かび上がる不自然な人影
完全に封鎖されているはずのトンネル内部や周辺の廃線跡で、不気味な人影が目撃されたという話もあります。
懐中電灯の光の先や、カメラのフラッシュが届く範囲にぼんやりとした輪郭が浮かび上がることがあるとされています。
作業服姿の男性に見えることもあれば、輪郭だけの黒い影として現れることもあるようです。
金網の奥からこちらをじっと見つめる人影が立っていたが、近づくと消えていたという話も語られています。
ウワサされる心霊現象
- トンネルの入り口に幽霊が立っていることがある
- トンネルの周囲で女性の声や泣き声が聞こえてくることがある
- トンネル内部や入り口付近に人影や男性の幽霊が立っていることがある
『旧総谷トンネル』で過去に起きた事件・事故や歴史

近鉄大阪線列車衝突事故
旧総谷トンネルおよびその周辺では、1971年(昭和46年)10月25日に「近鉄大阪線列車衝突事故」という日本の鉄道史に残る重大な事故が発生しています。
自動列車停止装置(ATS)の故障による誤停止から始まり、急勾配の現場でブレーキを手動で解除する際の連絡ミスが重なったことが事故の原因です。
ブレーキが効かなくなった名古屋行きの特急列車が33‰の急勾配を暴走し、総谷トンネル入り口のカーブで脱線・横転しました。
そこに不運にも対向してきた上本町行きの特急列車が正面衝突。この大惨事により、乗客や乗員合わせて死者25名、負傷者288名という極めて甚大な被害が出ました。
現場は山深く救助活動も極めて困難を極めたと記録されています。
事故の経緯
- 誤停止とブレーキ操作:名古屋行きの特急列車が、青山トンネル付近でATS(自動列車停止装置)の故障により誤作動で停止しました。現場は下り33‰(パーミル:1000メートル進むごとに33メートル下る)という非常に厳しい急勾配でした。
- 連携ミスによる暴走:運転士はブレーキを解除するため、車輪に手歯止め(ハンドスコッチ)を噛ませ、空気ブレーキの供給コックを閉めるという規定の非常措置を行いました。しかし、応援に駆けつけた駅の助役との間で連絡に行き違いがあり、運転士が運転室に戻る前に手歯止めが外されてしまいました。
- 衝突:ブレーキの空気が抜けた状態で手歯止めを外された特急列車は、急勾配を猛スピードで暴走。総谷トンネルの入り口付近でカーブを曲がりきれずに脱線・横転しました。そこに不運にも対向してきた大阪・上本町行きの特急列車が突っ込み、正面衝突しました。
新線への切り替えと廃道化
1971年の凄惨な列車衝突事故を受け、近畿日本鉄道は路線の安全確保を最優先課題としました。
当時、この一帯を含む単線区間の複線化計画はすでに存在していましたが、事故を契機にその工事計画が大幅に前倒しされることとなります。
莫大な予算と人員が投入され、事故からわずか4年後の1975年(昭和50年)11月23日に、全線複線化された新しいルートと長大な「新青山トンネル」が開通しました。
この新線の完成により、地滑り地帯であり急勾配・単線という運行上の大きなリスクを抱えていた旧東青山駅周辺の旧線区間は完全に放棄されることとなりました。
旧総谷トンネルも鉄道トンネルとしての役目を終え、以降は保守されることもなく放置されるに至りました。
『旧総谷トンネル』の場所とアクセス
| 住所 | 〒515-2623 三重県津市白山町上ノ村 |
| 最寄り駅 | 近鉄大阪線「東青山駅」 |
| アクセス | 現在の東青山駅のすぐそばにある公園「東青山四季のさと」から山中へ入り、獣道のような廃線跡を徒歩約10分〜15分程度進んだ場所にあります。 |
| 備考 | 正式な観光ルートとして整備されているわけではなく、あくまで「廃線跡」であるため、目印が少なく道に迷いやすい場所です。 |
『旧総谷トンネル』訪問時の注意点
旧総谷トンネルへの道のりは、完全に自然に還りつつある険しい山道です。足場が非常に悪く、雨上がりなどはぬかるみや滑落の危険性が高くなります。
また、経年劣化により崩落の危険があるため、トンネル跡の構造物や周辺の斜面には絶対に近づかないでください。
旧総谷トンネルの周辺は、深い山中であるためマムシやスズメバチ、ヒルなどの有毒な野生生物に遭遇するリスクがあるので、もし現地を訪問する場合は、肌の露出が少ない服と歩きやすい靴を着用してください。
さらに、携帯電話の電波が届きにくい場所もあるため、万が一の怪我や遭難時に助けを呼べない可能性があるうえ、夜間は足元が見えなくなるため、重大な事故に直結する可能性があります。
どうしても現地を訪問するのであれば、雨の日や夜間の訪問は絶対に避けてください。
『旧総谷トンネル』が心霊スポット化した理由の考察

旧総谷トンネルが心霊スポットとして知られるようになった背景には、1971年の列車衝突事故が深く関わっていると考えられます。
25名が亡くなったこの事故は歴史的事実として記録に残っており、多くの人が認知している事実です。
「ここで多くの人が命を落とした」という事実を知った上でこの場所を訪れると、恐怖心が働き、周囲の環境をより不気味に感じやすくなるものです。
現在のトンネル周辺の環境も、その心理的な影響を強めていると言えるでしょう。
昼間でも薄暗く、外部の音が遮断された深い山中の廃線跡という空間は、人間の不安を引き出しやすい条件がそろっています。
風の音や野生動物の鳴き声が、事故の犠牲者の悲鳴や泣き声として脳内で変換されやすい状況なのです。
また、暗がりの中で訪れた人同士が互いを見間違えて「不気味な人影がいた」という話になるケースもあると考えられ、そうした体験談がネット上で広まることで噂がさらに増幅されていく構造もあるでしょう。
事故の記憶という歴史的事実と、廃線跡特有の閉鎖的な環境が重なったことで、旧総谷トンネルは怪談を生み出す場所になったのではないでしょうか。

心霊スポット化の理由はやっぱり「近鉄大阪線列車衝突事故」ですか…?
心霊現象を見るに事故と関連があることは、まず間違いないでしょうね…。昔、館長の地元で高齢男性が電車にはねられて死亡する事故が起きたことがあるらしいんだけど、1週間後には自分の頭を探す首無し幽霊の噂が流れていたそうだから…。


やっぱり、死亡事故が起きたという事実は、聞く人に大きなインパクトを与えるんですね…。
そうね、事故が起きて命を落とした人がいるという事実と普通の人が近寄らない、夜になると真っ暗になる現場周辺の環境がひとつになることで、心霊スポットの噂が生まれるのでしょうね…。

まとめ
今回は、三重県津市にある心霊スポット「旧総谷トンネル」の全貌について詳しくまとめました。
旧総谷トンネルは、根拠のない怪談や都市伝説とは異なり、この場所には日本の鉄道史に深く刻まれた痛ましい列車衝突事故の記憶が確実に眠っています。
聞こえてくると噂される女性の悲鳴や、暗闇に不気味に浮かび上がる人影といった数々の現象は、かつてこの地で理不尽に命を落とした人々の無念が、訪れる者の強い恐怖心を通じて具現化したものなのかもしれません。
現在、旧総谷トンネルの遺構は深い山の中で静かに自然へと還りつつあります。
興味本位で訪れるにはあまりにも現実的な危険が多く、同時に深い慰霊の念を忘れてはならない場所です。
もし現地を訪問するのであれば、歴史の重みと悲劇の爪痕を意識し、敬意を持った行動をとるよう心がけてください。
