大晦日の夜、凍てつくような日本の冬空を震わせる「除夜の鐘」。
108つの煩悩を払う清らかなその音色は、私たち日本人にとって一年の終わりと始まりを告げる安らぎの象徴です。
しかし、歴史の闇が色濃く残る古都・京都には、そんな安らぎとは対極にある鐘が存在します。
西陣の報恩寺(ほうおんじ)に伝わるその鐘は、人々から恐れられ、「一年のうち、大晦日にしかついてはいけない」という厳格なルールによって縛り付けられているのです。
その名は、「撞かずの鐘(つかずのかね)」。
普段は固く沈黙を強いられているこの鐘。なぜこの鐘は鳴ることを禁じられたのか?そして、なぜ大晦日の夜だけはその封印が解かれるのか?
今回は、京都の報恩寺に伝わる「撞かずの鐘」について解説していきます。
悲劇の幕開け:織子と丁稚、譲れない「数」

時は江戸時代に遡ります。織物の街として栄えた西陣。報恩寺のすぐ近くに、腕の良い機織りの織子(おりこ)と、商家で働く一人の丁稚(でっち)が暮らしていました。
織子と丁稚は毎日のように、何でもないことで口論をしていました。ある日、二人は何気ない会話から、寺の鐘の回数について口論を始めます。
「次の鐘は9つ鳴るものよ」
機織りという緻密な手仕事を生業とする彼女にとって、時の流れを正確に把握することは生活の一部であり、それは間違えようのない事実でした。しかし、丁稚は妙な意地を張り、こう反論しました。
「いや、俺は知っている。鐘は8つだ」
本来であれば笑って済ませるような些細な食い違い。しかし、若さゆえのプライドか、あるいは何かの魔が差したのか…。二人は引くに引けなくなり、ついに取り返しのつかない賭けをしてしまいます。
「もし負けたほうが、勝った相手の言うことを何でも聞く」
それは、互いの人生を左右するほどの重い約束でした。
歪められた真実と、絶望の淵

実は、丁稚は自分が間違っていることを最初から知っていました。
しかし、男の沽券にかけて負けるわけにはいかない。 追い詰められた彼は、あまりにも卑劣な手段に出ます。
彼は寺の鐘つき堂へと走り、寺男に酒を贈り、土下座をしてこう懇願したのです。
「今日だけでいい、頼むから鐘を8つで止めてくれ」
そして、運命の夕暮れ時が訪れます。西陣の空に、ゴーン、ゴーン……と鐘の音が響き渡りました。
織子は勝利を確信し、指を折って数を数えました。 ……六つ、七つ、八つ。
織子が九つ目の音を待って耳を澄ませたその時、訪れたのは「永遠の沈黙」でした…。鐘の音は、8回で止まってしまったのです。
「嘘だ!そんなはずはない!」
織子の悲痛な叫びも虚しく、勝負は丁稚の勝ちとなりました。自分が絶対に正しいはずなのに、事実は捻じ曲げられた。
信じていた鐘の音に裏切られ、真実を証明する術を失った…。その理不尽な敗北感と屈辱は、織子の心を粉々に破壊してしまいました。
その夜、織子はふらりと鐘楼へ忍び込みます。そして、自分の尊厳を踏みにじった憎き鐘の舌(撞木・しゅもく)に自らの帯をかけ、首を吊って命を絶ってしまったのです。
呪われた鐘の封印
織子の非業の死からまもなく、報恩寺では奇妙な現象が相次ぎました。
鐘をつくと、寺に不吉な災いが降りかかる。あるいは、鐘をついた当人が謎の高熱にうなされる。
さらに、鐘の音が以前とは違い、どこか人の嗚咽のような重く暗い不気味な響きを帯び始めたという噂も立ち始めます。
人々は口々に囁き合いました。「あの鐘には、罠にはめられて死んだ織子の怨念が憑いている」「嘘で塗り固められた鐘の音など、二度と響かせてはならないという織子の呪いだ」
その祟りを恐れた寺は、鐘をつくことを禁じました。 それ以来、この鐘は「撞かずの鐘」と呼ばれ、長い沈黙を守ることとなったのです。
考察:なぜ「大晦日」だけは許されるのか?
ここで、ふと疑問が浮かび上がります。
普段はつくと祟りがあると恐れられる鐘が、なぜ「除夜の鐘」としてだけは、その封印を解くことが許されているのでしょうか?
単に年中行事の慣例だからでしょうか? いいえ、そこにはもっと深い理屈が存在しているように思えてなりません。
そこで、「撞かずの鐘」について、いくつかの仮説を立ててみました。
仮説1. 圧倒的な「ハレ」の力による浄化
大晦日から元旦にかけては、歳神様(トシガミサマ)をお迎えするための聖なる時間です。
この時、現世は強力な「ハレ(聖)」のエネルギーに満たされます。
108つの煩悩を滅するという除夜の鐘の儀式には、娘の強力な怨念(穢れ)さえも一時的にねじ伏せ、鎮めるほどの浄化作用があるのかもしれません。
これは、年に一度だけ、神の力を借りて強引に鐘を鳴らしているという説です。
仮説2. 108つの煩悩に含まれる「執着」
仏教において、苦しみを生む根源は「執着」にあるとされます。
つまり、「自分が正しい」という思いも、行き過ぎればそれは「執着」という名の煩悩ということになります。
寺としては、「自分の正しさを証明したかった織子の強烈な無念」さえも、108つの煩悩の一つとして数えているのではないでしょうか。
そして、鐘をつくことで、彼女の魂を慰め、少しずつその執着を削ぎ落とそうとしている…。
報恩寺の除夜の鐘には、そんな供養の意味が込められているのかもしれません。
仮説3.「確証バイアス」の排除と祝祭効果
心理学には「確証バイアス」という言葉があります。
「この鐘をつくと不幸になる」という情報を事前に知っていると、鐘をついた後に起きた些細な不運(転んだ、風邪を引いた等)をすべて「鐘のせいだ」と関連付けて記憶してしまう現象です。
普段の日々は淡々としており、ネガティブな出来事が目につきやすいものです。
しかし、大晦日は違います。人々は「新年を迎える」という高揚感の中にあり、意識がポジティブな未来に向いています。
この集団的な「祝祭ムード」が、ネガティブな確証バイアスを打ち消す心理的なバリアとなっているのではないでしょうか。
つまり、「大晦日だから大丈夫だ」という集団催眠が、呪いを無効化しているという説です。
仮説4. 金属疲労と文化財保護
最後に物理的な側面から考察してみたいと思います。
古い鐘は金属疲労を起こしている可能性があり、毎日つくと亀裂が入ったり、破損したりするリスクがあります。
しかし、「壊れそうだからつくな」という注意書きよりも、「つくと呪われる」という恐怖の物語(怪談)を付与したほうが、人々がルールを守る可能性が高くなります。
これは「人柱伝説」などが治水工事の重要性を説くために使われたのと同様で、貴重な文化財である鐘を摩耗から守るために考えられた昔の人々の知恵(ソーシャル・エンジニアリング)だったのではないでしょうか。
ではなぜ大晦日だけ鐘を突くのでしょうか?
それは、「年に一度の点検」あるいは「鐘としての機能を維持するための最小限の稼働」として、管理された状態でつく必要があったからと考えられるのです。
色々な理由が考えられますねぇ…。語部さんはどう思います?
私は、仮説3と仮説4を合わせた結果が答えという説を押すことにします。金属の劣化で鐘を突く回数を減らしたいと考えていた所に、たまたま鐘をついた後に不運に見舞われた人がいた。寺の人がその不運の話を利用して「鐘をつくと不幸が起こる」という噂を広めていったのではないでしょうか?
じゃあ、大晦日に鐘をつくのは?
それは、仮説4の「年に1度の点検」だと思います。しっかりと管理された環境で、鐘の状態を確認しているのではないでしょうか?
なるほど!私もその説を押すよ。それが正解っていうことで良いよね♪
結びに:音色に潜む情念
今回は、京都の報恩寺にある「撞かずの鐘」の情報を紹介しました。
報恩寺の「撞かずの鐘」は、重要文化財として今も京都の地に現存しています。
今年も大晦日の夜になれば、その封印は一時的に解かれ、鐘の音が夜空に響くことでしょう。
現代の私たちは、除夜の鐘を「季節の風物詩」として何気なく聞いています。
しかし、もし貴方がその音を聞く機会があれば、どうか耳を澄ませてみてください。
その音色は、新しい年を祝う喜びの音でしょうか。それとも、数百年経ってもなお「私は間違っていない」と訴え続ける、悲しくも恐ろしい叫び声でしょうか。
いつもより鐘の音が重く聞こえたなら…それは彼女の無念が、まだ晴れていない証拠なのかもしれません。

